2018年3月11日
「起きなさい。恐れることはない。」
イースターの受難節(レント)第4主日の礼拝を献げています。
「六日の後」(1節)とあります。これはフィリポ・カイサリア地方に行った、その日から6日の後ということです。 主イエスは、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人の弟子を連れて、「高い山」に登られました。「高い山」とは、聖書では神の啓示が起きる場所として描かれます。
イエスの姿が彼らの目の前で変わり、「顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった」(2節)とあります。これが「キリストの変貌」と言われる箇所です。これは変化したというのではなく、神の御子イエスの本質が示されたということです。その後、主イエスは「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」(9節)と言われます。
「キリストの変貌」は「復活」と関係し、復活する方、そして復活した方を意味しています。地上の主イエスは十字架の苦しみを身に受けるとともに、復活の栄光を先取りもしていたということです。主イエスとは、私たちのために代わって十字架におかかりになる方、おかかりになった方であり、また私たちのために復活された方です。 「キリストの変貌」において、主イエス・キリストがどのようなお方かを示し、そして私たちが主イエスを信じて、今日も主が共にいてくださると信じるとき、どういう主が共にいてくださるのかを、聖書は語っています。
私たちは、主が復活され、やがて終わりの時に栄光の主として来臨される、その「中間の時」にいます。主の復活と最後の来臨との間の時に私たちは生きています。目には見えないけれども御言葉を通し、また教会の礼典を通して主イエスに結ばれているのです。