2017年11月12日
「信仰と行い」
ヤコブの手紙は、「公同書簡」の1つとして呼ばれています。それは、どこか特定の教会に宛ててではなく、広範囲の教会で読んでもらうために書かれたと考えられ、それを意味する公同という名がつけられています。
この手紙の冒頭には、ローマ帝国からの迫害を逃れ各地に離散していたキリスト者に宛てて書かれた手紙のような書き出しで始められています。しかし、そこにはいかに神の民として生き、隣人とどのように接するべきかについて教える、短い書でもあります。 宗教改革の時代に、マルティン・ルターはこのヤコブの手紙を、否定的な意味で「藁(わら)の書簡」と呼びました。ルターは、パウロからつながる、人は信仰によってのみ救われるという信仰義認と、ルターが推し進める宗教改革の精神とは相容れない内容を、ヤコブの手紙は持っていると評価したからです。 ヤコブの手紙は、行動を伴う信仰がたいせつであると語る手紙です。「御言葉を行う人になりなさい」(ヤコブの手紙1:22)、「その行いによって幸せになります」(同1:25)、「行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか」(同2:14)と書かれているように、信仰の行い(行動)を強調します。
信仰とは、聖書を読み、祈り、礼拝をし、賛美を献げ、献金をする。そして神より遣わされて福音を宣べ伝えるといった、目に見える行動を伴います。信仰と生活は切り離すことができません。生活の中で、日々刻々示されるものが信仰であると言えるでしょう。