2016年9月4日


「ナルドの香油」

 マルコによる福音書は、「長い前書き付きの受難物語」であるといわれます。それは、この福音書の全16章のうち、11章から15章まで、つまり全体の約三分の一が、主イエスの御生涯の最後の一週間を描き出すもので、福音書記者のマルコが主イエスの十字架の出来事をどんなにたいせつなことと理解していたかが、うかがわれます。

 マルコによる福音書14章の冒頭では、まず祭司長や律法学者たちが主イエスに対する憎しみを募らせて、イエスを殺そうと計画したことが記されています。そして、このイエスの殺害を狙う外の働きに内から応ずるかのように、イエスの直弟子である「十二人の一人イスカリオテのユダは、イエスを引き渡そうとして、祭司長たちのところへ出かけて行った。彼らはそれを聞いて喜び、金を与える約束をした。そこでユダは、どうすれば折よくイエスを引き渡せるかとねらっていた」(1011節)と書かれています。  この憎しみと裏切りに満ちた暗く冷たい記事の中に、闇の中に輝く光のように、一人の女性が主イエスの頭にナルドの香油を注いだ物語が置かれています。

 ナルドの香油は、ヒマラヤ山脈の高地に生えるオミナエシ科の多年草ナルド(甘松:かんしょう)という植物の茎と根から絞り取られた香料です。「ナルド」というのは、サンスクリット語の「ナラダー」(かぐわしい)からきています。遠路ユダヤに運ばれてくるもので、とても高価でした。おそらく特別な祝祭などに何滴かを体に振りかけるか、あるいは婚姻のために取っておかれるような香油だったと思われます。     それをこの女性は、石膏の壺をこわして香油全部を主イエスの頭に注いだのです。ヨハネによる福音書では、そのとき「家は香油の香りでいっぱいになった」(ヨハネ12:3後半)と書き加えており、主イエスへのこの女性の深い愛と感謝の思いが香り立つようです。