2016年7月17日
「恵みの招き」
今朝の聖書箇所には、徴税人マタイの召命の話が出てきます。徴税人は、聖書の中では、いつも罪人と並んで出てきます。それは徴税人とは、今日の税務署の役人とはずいぶん違うので、事情がわかりにくいかもしれません。当時のユダヤは、ローマ帝国に支配されていましたので、税金は、基本的にローマ帝国に納めるためのものでした。しかしその徴税を、現地のユダヤ人に委託していたので、その働きをした徴税人はローマの手先として嫌われ、ローマに魂を売り渡した者として、人びとからひどく軽蔑されていたのです。一方、徴税人たちのほうでも、嫌われ、軽蔑される中で、金を頼りとして生き、ローマの権力をバックとして不当にお金を、ずいぶん巻き上げていたようです。
「イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、『わたしに従いなさい』と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。」(9節)
これは非常に簡潔な書き方です。彼が主イエスに従ったのには、おそらく彼なりの理由や背景があったことでしょう。長い間、自分の仕事に疑問をもっていたかもしれませんし、嫌気がさしていたかもしれません。みんなから嫌われて、誰も社会の一員、仲間として認めてくれない寂しさを感じていたかもしれません。そういう中で、イエス・キリストだけは、これまでの誰とも違うまなざしで、彼をご覧になったのかもしれません。あるいは、主イエスの毅然とした態度が彼を惹きつけたのかもしれません。きっと何らかの理由があったのでしょう。しかしマタイ福音書は、そのような事情は何も書かないのです。