2016.11.13

「神はあなたを受け入れてくださる」

「そのとき、イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。」(マタイによる福音書19:13)

 どこの国の親も、自分たちに子どもが授けられると、「どうか無事に育ってほしい」という願いを持ち、どんな苦境にあっても神の加護があるようにと祈り、ときに自分の命も差し出すほどになることがあります。  「見よ、子らは主からいただく嗣業。胎の実りは報い」(詩編127:3)と旧約聖書の詩編の詩人が歌っているように、イスラエル人にとって子どもは、主なる神からの恵みであり宝です。これは私たちにとっても、まったく同じでしょう。

 この時代のイスラエルでは、尊敬するラビ(教師)に手を置いてもらうことによって、神からの祝福をいただくという習慣がありました。   イエスが町々村々で行った癒しの評判を聞いた人たちによって、子どもたちが連れられて来たのでしょう。それは「イエスに手を置いて祈っていただくために」でした。可愛いわが子に手を置いていただければ、イエスの不思議な力が働いて幸せになれると考えた、子どもを持つ親たちが集まって来ました。ところが「弟子たちはこの人々を叱った」のです。  イエスさまが「このような者」(14節)と言われるのは、神から創造されたままの人類の原型としての子どもたちの姿です。神から創造されたままの無条件、無防備の身体で、神の祝福を受けるために親に抱かれたり、手を引かれたりして神の愛に身を委ねている子どもたちこそ、神の国の主人公なのだと教えられたのです。   

そして私たちも、神にふさわしい者でないとしても、みな「神に愛される子ども」として無条件に神のみもとに招かれ、神は受け入れてくださるのです。